最高裁判所第三小法廷 昭和52年(行ツ)15号 判決 1977年5月27日
横浜市中区山手町四五番地の七
上告人
ジヨンソン・スチユアート・マイルズ
右訴訟代理人弁護士
桑島浩
横浜市中区山下町三七番地の九
被上告人
横浜中税務署長
増田斎
右指定代理人
奥原満雄
右当時者間の東京高等裁判所昭和四八年(行コ)第四五号所得税課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五一年一一月一七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人桑島浩の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、すべて正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立つて原判決の違法をいうか、又は原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰するものであつて、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 環昌一 裁判官 天野武一 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正巳 裁判官 服部高顕)
(昭和五二年(行ツ)第一五号 上告人 ジヨンソン・スチユアート・マイルズ)
上告代理人桑島浩の上告理由
第一、法令の違背
原判決は左の法令に違背するものであり、その違背は左に示すとおり判決に影響を及ぼすことが明らかである。
一、違背する法令とその内容
1. 所得税法施行令(昭和四〇年三月三一日政令第九六号)
第八四条(新株引受権の価額)
1. 発行法人から新株の引受権を与えられた場合(株主として与えられた場合を除く。)における当該新株の引受権に係る法第三六条第二項(収入金額)の価額は、当該新株の引受権に基づく払込みに係る期日における新株の価額から当該新株の発行価額を控除した金額による。
2. (省略)
〔註〕 右施行令の規定は所得税法第六八条に基き制定されたものであり右条項は同施行令第二編第一章第二節(所得金額の計算の通則)中に含まれている規定である。
2. 所得税法(昭和四〇年三月三一日法律第三三号)
第三六条(収入金額)
1. その年分の各種所得の金額の計算上収入金額とすべき金額または総収入金額に算入すべき金額は、別段の定めがあるものを除き、その年において収入すべき金額(金銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて収入する場合には、その金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額)とする。
2. 前項の金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該利益を享受する時における価額とする。
3. (省略)
〔註〕 右条項は同法第二編第二章第二節(各種所得の金額の計算)中に含まれている規定である。
関連法規
所得税法第六八条(各種所得の範囲及びその金額の計算の細目)
この節に定めるもののほか、各種所得の範囲及び各種所得の金額の計算に関し必要な事項は、政令で定める。
二、前掲法令の解釈
1. 所得税法施行令のことを以下令といい、所得税法のことを以下法という。
令第八四条第一項は、法第三六条第二項が定める収入金額の算定方法の特例について規定するものであり、新株引受権を付与されて、法人から新株の発行を受けた場合に、その新株の払込期日における時価と発行価額との差額を収入とみてこれに所得課税を行うことを内容とするものである。したがつて、同条には「新株引受権の価額」という表題が付されているが、その表題は少し適切でない感じがする。右規定中には例外を定める規定が含まれており、その例外とは右第一項の条文中の、括弧書きで記載された部分、すなわち、「株主として与えられた場合を除く」とある部分に該当する場合である。
したがつて株主として新株引受権を付与された場合には例外として右規定の適用がないことになるのであるがこの括弧書きの文言の解釈が、本訴における法令解釈上の主要な争点となつているのである。
2. 株主が新株引受権を付与されて新株を時価より低い発行価額で取得した場合には、その時価と発行価額との差額について所得課税を行わないものと解釈する結論については本訴当事者の見解は合致している。
ただその理由についての見解が異るのである。
課税当局である被上告人の見解は、令第八四条第一項中の右括弧書きの文書自体と、実質課税の原則をその根拠とするのである。
すなわち、法人が新株をその時価より低い発行価額で発行した場合には必然的に既存の株式の価値を下落させる結果を招くから、株主が新株を時価より低い発行価額で取得しても、その利益は旧株の価値の下落によつて生ずる不利益と相殺されて何ら実質的な利益を得たことにならない。したがつてかゝる株主に対しては所得課税を行わない趣旨であるというのである。
これに対し上告人の見解は、実質課税の原則にも、また被上告人の説明するところにも何ら異論はないが、たゞこの場合には実質課税の原則を持ち出さなくとも、前掲法令の条文の解釈から同じ結論が導き出せるとする見解なのである。
すなわち、令第八四条第一項の括弧書きの場合はその本文の定める特例の適用がなく法第三六条第二項の原則が適用されるのであり、一方法第三六条第二項については、新株発行のごとく発行価額の定められている株式を取得したものの収入金額は、取得した株式の発行価額をもつて算定すべきものであり、発行価額と同額の払込みを行つて新株を取得した者については収入と支出の額が等しくなつて課税すべき所得は発生しないと解するのである。
上告人の右見解によると、令第八四条第一項本文の規定は、株主でないものが有利な条件で新株引受権を付与されて新株を取得する際に受ける僥倖的な利益に対して特別な課税を行うものと解することになる。
こゝに注意すべきことは令第八四条第一項の括弧書きの文言、すなわち「株主として与えられる場合」という文言の意味は、上告人の右見解に従えばもとより、被上告人の実質課税の原則からみた見解に従つても、「株主であるものが新株引受権を付与される場合」と解すべきであることは明白である。
なぜならば、株主は新株を時価より低い発行価額で取得してもその保有する旧株の価値が下落するという不利益を受けることにより僥倖的な利益を得ることにはならず、またそのような不利益を受けることに着眼して、実質課税の原則から株主には同項本文の適用を除外するのだからである。
3. ちなみに、法第三六条第二項の解釈について一言すると、被上告人は上告人の見解と異なる見解をとり、金銭以外の物または権利その他の経済的利益を得た場合の収入金額は、常にその物または権利等の客観的な価値すなわち時価によつて算定することを定めたものと解し、取引の当時者がその物または権利等について定めた取引価額がある場合にも、そのような取引価額は無視すべきものと解するのである。原審は、この被上告人の見解と同じ見解をとつている。
しかし、被上告人および原審のとる見解によると、令第八四条第一項本文の規定の内容は、法第三六条第二項の規定の内容とまさに軌を一にし、このような内容をわざわざ規定する必要はなく、むしろその括弧書きに定める例外の場合(株主が新株引受権を付与された場合)の課税の方法をこそ明確にすべきであると考えられるのに、この場合について同第一項が何も定めていないのはまことに不自然で奇妙なことになる。
被上告人が、実質課税の原則によつてこの場合の規定の欠陥を補つていることは前述したとおりであるが、この点についての原審の見解は明らかにされていない。
これにひきかえ、法第三六条第二項について上告人の見解に従う時は、令第八四条第一項本文の内容は法第三六条第二項の例外に該当し、したがつてその場合の課税方法を具体的に規定しているのに対し、括弧書きの場合の規定がないのは、この場合は、則に戻つて法第三六条第二項が適用されるために、課税方法を規定する必要がないからだということになる。
このように、法第三六条第二項について上告人の見解に従つて解釈すると、令第八四条第一項の規定はまことに自然な規定として理解されるのである。
上告人は、第一審および原審を通じていろいろな事例を挙げ、かつ所得税法の他の規定の文言を根拠として示して、法第三六条第二項についての上告人の解釈が正しいゆえんを論じてきたのであるが、いまここに令第八四条第一項の規定の文言を自然に解釈しうることも上告人の解釈の正しいことを示す根拠の一つとして加えることとする。
三、法令違背の事由
1. 本訴における係争事案の概要は次の通りである。
関東不動産管理株式会社という訴外会社の株主である上告人が、昭和四三年一月に行われた同訴外会社の増資に際して現物出資によつて時価より低い発行価額で新株の発行を受けたところ、被上告人は、現物出資に供した資産の譲渡所得として右増資において取得した新株の時価総額相当の収入を得たものと認定し、昭和四五年四月三〇日及び同年八月二七日の二回にわたつて上告人に対する昭和四三年度分所得税を更正し、過少申告加算税を賦課する旨の課税処分を行つた。
しかしながら、この課税処分に従うと、株主が新株引受権を付与されて新株の発行を受けたのに対し、その時価と発行価額との差額について課税するのと同じ結果となり、法第三六条第二項および令第八四条第一項の括弧書きの趣旨に違反するものであるからかゝる課税処分の取消を上告人が求めたのである。
2. これに対して被上告人は、まず、右課税は現物出資に供した資産の譲渡所得として課税したものであるから令第八四条第一項は適用されない旨の主張を行つた。
しかしながら、令第八四条第一項は法第三六条第二項を受けて各種所得に共通する所得金額の算定方法を定めるものであるから、特に反対の趣旨の定めがないかぎり譲渡所得の所得金額の算定にも同項の規定が適用されることは当然である。
次いで被上告人は、上告人が株主として新株引受権を付与されたものと一旦は認めたのちこれを撤回し、商法上現物出資者に与えられる新株引受権は資産の所有者たる地位に基いて与えられるものと解されるので、本件上告人に付与された新株引受権も株主たる地位に基いて与えられるものと解すべきではないから令第八四条第一項括弧書きの場合には該当しないと主張した。
しかしながら、令第八四条第一項括弧書きの文言の解釈について前述したところから明らかなごとく、同括弧書きの規定は、株主であるものが時価より低い発行価額で新株の発行を受けたという要件を充足する事案についてすべて適用さるべきものであつて、現物出資の場合と現金出資の場合とで新株引受権の性格について商法上の議論が分れようとも、そのような議論によつて同括弧書きの規定の適用が左右されるものではない。
なんとなれば、現物出資による場合であろうと現金出資による場合であろうと、時価より低い発行価額で新株が発行されゝば旧株の価値が下落することには変りがないからである。
現金出資により新株を発行価額で取得する行為と、資産を右出資額と同額の対価で発行法人に譲渡する行為とを同時に行えば、これは現物出資により新株を取得するのと経済的実質はまつたく同じことになつてしまう。
したがつて、上告人が行つた本件における現物出資もこのように二つの行為に分解してみた場合、現金出資をして新株の発行を受ける部分については令第八四条第一項括弧書きがそのまゝ適用されることになるし、資産を発行法人に譲渡する部分については法第三三条、同第三八条および同第五九条(現行規定ではなく本件現物出資が行われた昭和四三年当時の規定)などの譲渡所得に関する諸規定が適用されることになる。
このように分解してみた場合の課税の結果と一体としてみた場合の課税の結果は同じものにならなければならない筈である。
ところが被上告人の右主張を適用すると、明らかにこの場合課税の結果が異つてしまうのである。
このような観点からも、被上告人の解釈が租税法の解釈として誤つていることは明らかである。
被上告人は、さらに本件増資に際して上告人以外の株主に対しては新株引受権が付与されなかつたから、上告人が新株引受権を付与されたのは株主としての地位に基いて付与されたものでないと述べ、したがつて令第八四条第一項括弧書きの適用がないと主張した。
しかしながら、上告人以外に株主が存したかどうかの事実認定については、後述の理由不備の主張に関して述べるとして、かりにそのような事実があつたとしても、このような新株引受権の性格に関する商法上の議論によつて令第八四条第一項括弧書きの適用が左右されるものでないことは前述した通りであるからこゝに繰返さない。
したがつて被上告人の右主張も失当である。
右に述べたこれらの被上告人の主張は、いずれも、令第八四条第一項括弧書きの場合について、実質課税の原則からこの場合所得課税を行つてはならないとするみずからの主張の趣旨にも矛盾するものである。
3. 原判決は、本件事案に関して法第三六条第二項の適用のみを論じ、しかも同項についての被上告人の主張する見解に従つて同項の規定を解釈して本件を審理し、上告人の主張を却けたものである。
しかしながら、法第三六条第二項の解釈に関する被上告人の見解が正しいかどうかは暫くおくとして、その見解に従うかぎり、本件事案については令第八四条第一項の適用を問題にしなければならないこと前述の通りである。
しかるに、令第八四条第一項の適用について何も触れていないのは、そのこと自体令第八四条第一項の解釈を誤つたかもしくはその適用を誤つたものと言わなければならない。
しかもすでに行つた考察の結果、本件事案は令第八四条第一項括弧書きの場合に該当することが明らかであるから、新株の時価とその発行価額との差額に対して所得課税を行う趣旨の本件課税処分は、右括弧書きの規定の趣旨に反する違法なものとしてこれを取消し上告人の主張を容認すべきものである。
また法第三六条第二項の解釈に関する上告人の見解の方が正しいとすれば、原判決は同項の解釈を誤つたことになる。
したがつて、原判決は、令第八四条第一項を適用すべきであるのにこれを適用せず、ないしは法第三六条第二項の解釈を誤つた点において法令の違背がある。
そしてその違背の結果上告人の請求を認容しなければならないのにこれを棄却したのであるから、右違背は判決に影響を及ぼすことが明らかであると言わなければならない。
第二、理由不備
原判決には、左に述べるごとき事実の認定および法の適用についての理由に不備があり、これは民事訴訟法第三九五条第一項第六号に該当する。
一、原判決はその理由中で、
控訴人(本件上告人)は、本件で控訴人が取得した株式は、訴外会社の株主として与えられた新株引受権に基づき新株の引受をなし、本件不動産を現物出資して取得したものである旨を主張し、これを前提としてその取得した株式の価額は発行価額によつて算定すべきである旨を主張するけれども、本件にあらわれた全ての資料を検討しても、控訴人のした現物出資を株主として付与された新株引受権に基づく株式の引受によるものと認めることはできないから、右主張はその前提において到底採用することができないものといわなければならない。
と判旨している。
ところで、控訴人(上告人)が原審において行つた令第八四条第一項とくにその括弧書きの規定の趣旨に関する主張の内容は、原判決の事実摘示において充分に表現されていないし、原判決中には令第八四条第一項括弧書きの趣旨およびその適用がある場合の所得課税の方法についての原審自体の見解は何ら述べられていないので多少不明瞭ではあるが、右判示は、令第八四条第一項括弧書きの適用の有無との関連で原告の行つた主張について判断しているものと解してほゞ間違いないであろう。
だとすると、令第八四条第一項括弧書きの適用される範囲およびその場合の課税方法の解釈については本訴当事者間で争われているところであるから、本来ならばまずその点の判断を下すべきである。
しかるに原判決は、前掲判示中はもとより、その他の箇所においても右括弧書きの規定の適用される範囲及びその場合の課税方法の解釈についてまつたく判断を下していない。
また、上告人が令第八四条第一項括弧書きの規定が適用されるための要件事実として原審で主張した内容は、本上告理由書中で述べているのとまつたく同様のものであつて、上告人(控訴人)が原審に提出した昭和五〇年一一月五日付準備書面(八頁以降一三頁)の記載からその趣旨は明瞭である。
したがつて右括弧書きの規定が適用されるための要件事実は、前述のごとく株主であるものが新株を時価より低い発行価額で発行を受けるという事実で尽され、現物出資が行われたか現金出資が行われたかの差異も、また商法上株主として新株引受権を受けたものか否かのせんさくも、右括弧書きの規定の適用とは関係がないのである。
その意味において、原判決が前提判示中に控訴人(上告人)の主張内容として述べているところは明らかに誤つている。しかもその誤って理解した主張内容を、明確な根拠を示すことなく認容しえないものと判示しているのである。
本訴において上告人が訴外会社の株主(実質的に一〇〇%を所有している)であること、本件増資において新株を時価より低い発行価額で発行を受けたことはいずれも当事者間に争いのない事実であつて、証拠による認定を必要としないのである。
したがつて、原審が上告人の右主張を正しく理解し、右括弧書きの規定が適用されるための要件事実を正しく理解すれば、上告人の右主張を認容する旨の判示がなさるべきところなのである。
原判決の前提判示が令第八四条第一項括弧書きの適用に関する上告人の主張を判断したものだとすれば、以上に見たところから明らかなごとく、原判決は法令の適用の判断について理由を付していないことになり、法令の適用の有無を決すべき事実の認定を誤つて法令の適用の有無を判断している点においても理由が不備なものと言わざるを得ない。
また右判示が令第八四条第一項括弧書きの適用に関する上告人の主張について判断したのでないとすると、原判決中他にこの点の判断を示した箇所が存在しないのであるから、原判決はこの点に関する上告人の右主張に対する判断につき理由を付さなかつたことになる。
よつて原判決は、判決に理由を付さない不備あるものとして民事訴訟法第三五九条第一項第六号に該当すると言わなければならない。
二、原判決の前掲判示中に控訴人(上告人)の主張として述べられている内容は、控訴人(上告人)が原審で行つた主張を正しく理解していないし、しかも誤つて理解した主張内容に基き何ら根拠を示さずして控訴人(上告人)の主張を認容しえないものとしたと、右に述べた点について一言補足しておくことにする。
右判示は、被上告人が新株引受権の取得に関する商法上の見解をもち出して令第八四条第一項括弧書きの本件事案に対する適用の有無を議論したのに対して上告人がこれにこたえ仮定的な主張として、仮りに商法上の見解に立つても本件事案は上告人が株主たる地位に基いて新株引受権を取得したことになると主張した内容をあたかも上告人の本来の主張のごとく誤解したものと推測されるし、右判示中の事実の認定も商法上の見地から判断したのではないかと推測される。
しかしながら、仮りに商法上の見地からみても右判示の示す判断は誤つていると思われる。
この点に関連する事実関係を簡単に述べると次の通りである。
上告人は訴外会社の設立当初から発行済株式の全部の出資金を拠出して実質的には全株式を取得しており、たゞ一部(六株)を名義上設立当時の上告人以外の発起人六名に一株づつ所有させるものとしておいたのであるが、これらの発起人に株式の一部を名義上保有させるについてはこれらの発起人すべてが保有する株式につき将来の利益配当請求権も新株引受権もあらかじめ放棄する旨の合意がなされていたのである。
しかしながらこれら名義上の株式は設立直後にはすべて上告人に移転された。
したがつて本件増資の時点においては、上告人が名実共に訴外会社の全株式を所有する株主であつて他に株主はいなかつたのである。
たゞ株主名簿上の記載がたまたま右名簿上の株式が上告人に移転された際に変更されないままになつていたのである。この株主名簿上の記載が、本件増資に際して上告人以外の株主が存在し、これらの株主には新株引受権が付与されていないという被上告人の主張がなされるきつかけとなりまたその根拠となつたのである。
しかしながら本件増資時における新株引受権者に着目した場合、仮りに名義上の株主(六株分)が当時存在していたと仮定してもそれらの株主は新株引受権をあらかじめ放棄していたのであるから、その結果上告人以外に株主たる新株引受権者は存在しなかつたことになるのである。
しかも、訴外会社の定款には、株主名簿に起載された株主は新株引受権を有することが明記されている。
したがつてこの規定に基き株主名簿上にも記載されている上告人は当然本件増資における新株の引受権を有することになるのである。
以上の事実は原審において提出され書証ならびに原審における証人の証言から明らかであるから右事実関係からは、上告人に本件増資において新株引受権が付与されたのは上告人が株主なるが故に付与されたものであることは明白だと考えられる。
しかるに原判決は、右と異なる内容の判断を行つたのであるから、いかなる理由に基きそのような判断がなされたのか明らかにされるべきであるのに、原判決中にはその理由が明らかにされていないのである。
この点を理由不備の事由の一つに含めて右に述べたゆえんはこゝにあるのである。
以上